AVC-X8500H開発者インタビュー
ハイグレードなパワーアンプを13基も搭載し、イマーシブサウンドを極めたモンスターAVアンプ、AVC-X8500Hが登場。10年ぶりとなるデノンのAVアンプの新たなフラッグシップモデルについて、その開発コンセプトや製品に込められた想いを設計者にインタビューしました。
一体型AVアンプとしては世界に類を見ない13基のパワーアンプを内蔵したAVC-X8500Hが登場しました。
2007年に発売した「AVC-A1HD」以来約10年ぶりとなるデノンAVアンプの新たなフラッグシップについて、その開発コンセプトや製品に込められた想いを設計者にインタビューしました。
13.2 ch AVサラウンドアンプ
AVC-X8500H
希望小売価格:480,000 円(税抜) NEW
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GPD プロダクトエンジニアリング
高橋佑規(左)近藤計喜(右)
●高橋さん、近藤さん、本日はよろしくお願いします。AVC-X8500Hは、10年ぶりとなるデノンのAVアンプのフラッグシップモデルですが、開発はいつ頃から始まったのでしょうか。
高橋:AVR-X7200WAが終わった頃です。開発者としては常にフラッグシップモデルを作りたいという意志は持っているのですが、開発にかかるエネルギーやコストなどのリソースが非常に大きく、また、状況としてその時の最新のフォーマットの動向、市場のデマンドなど、いくつもの要素が全て同じ方向を向かないと製品企画としてはなり立たないため、なかなか簡単には動き出すことができません。
●では10年ぶりにフラッグシップモデルを出す機が熟したということでしょうか。
高橋:はい。Auro-3D®、Dolby Atmos、DTS:Xというフォーマットという仕様が出そろい、それをデノンならではである全チャンネル同一クオリティの13chのアンプで実現してみようというコンセプトが合わさって、AVC-X8500Hは生まれました。
●ドルビーアトモス、DTS:X、Auro-3Dというフォーマットが出そろい、イマーシブオーディオの方向性が明確になってきたということでしょうか。
高橋:そうです。
●AVC-X8500Hは13基ものアンプを搭載していますが、13chではどんなフォーマットが実現できるのでしょうか。
高橋: Dolby Atmosでは[7.2.6]、[9.2.4]、DTS:Xでは[7.2.4]、[9.2.2]、Auro-3Dでは13.2chのサラウンドシステムがアンプを追加することなく構築できます。DTS:Xは現状11ch(7.1.4)までのサポートとなっています。
※Auro-3Dはファームウェアアップデートにて対応予定です。
●それにしても13個ものアンプを限られた筐体に積み込むのは大変だったのではないでしょうか。
高橋:非常にチャレンジングな製品になったと思います。
10年前に出たフラッグシップモデル、AVC-A1HDは150Wのアンプを7CH搭載した製品でした。今回はそのアンプ1chのスペックを落とすことなく7基を13基にまで増やしています。
現行の最上位モデル、AVR-X7200Wは9chですから、そこからも4chも増えています。
↑AVC-X8500Hの製品開発を担当した高橋佑規
●13基ものアンプを搭載したAVアンプはほかにありますか。
高橋:一体型のAVアンプとして13基のアンプを内蔵したものは、たぶん世界でも他に例がないと思います。
しかもこの13chは13枚の同じ性能、同じ基板のアンプを搭載しています。
●全チャンネル同クオリティというのはデノンのAVアンプの哲学としては大事なことでしょうか。
高橋:はい。特に最新のイマーシブオーディオの再生で最も重要なのはチェンバーマッチング(室内調性)で、多数のチャンネルのスピーカーをどれだけ同じクオリティで鳴らせるか、という点が重要なポイントとなります。
デノンのAVアンプはHDMI、DSP、DAC、プリアンプ、パワーアンプまで全てのチャンネルを同一クオリティに仕上げており、最高のチェンバーマッチングによるサラウンド再生環境を実現しています。
●回路設計についてはいかがですか。
高橋:70年代からのデノンの伝統である「左右対称レイアウト」をこのモデルでも継承しています。
マルチチャンネルのAVC-X8500Hでも左右対称にしており、マルチチャンネルの部屋の中のレイアウトをしっかりと再現できるようにしました。
●限られたスペースの中に13基ものアンプを内蔵して、しかもレイアウトを左右に対称にするというのは設計が大変ではないでしょうか。
高橋:はい。確かに大変ですが左右対称レイアウトはピュアオーディオ設計の基本であって、基本に忠実に作り込むことが大切だと考え、設計を工夫しました。
また高い製造技術を持つ白河オーディオワークスだからこそ、実現できたことでもあります。
●内部はまさにギッシリですね。
高橋:天板を外してみていただくとわかると思いますが、ギッシリです。
ただそのまま写真でお見せできる様な、整理された綺麗なレイアウトになっています。
まずセンターに電源を置いています。そこから13個の各アンプに電源供給、信号ラインを独立した形で配線しています。
↑AVC-X8500Hの内部
●センターにあるDENONと書かれた正方形のものが電源ですか。
高橋:はい。それがパワートランスです。このパワートランスに関しては13基のパワーアンプに安定して電源を供給するためにAVC-X8500H専用に開発されたもので、トランス単体で8kgを超えるほどの大型の物です。
AVR-X7200WAより30%ほど容量が増えました。
また基板の下に隠れていますが、ブロックコンデンサも専用に開発されたもので、これもやはり左右の対称性を重視して、筐体の真ん中にレイアウトされています。
↑1枚ずつの独立した基板に搭載されたパワーアンプ(写真左側)と電源トランス(写真右)
↑AVC-X8500H専用のEIコアトランス
↑AVR-X8500Hのブロックコンデンサ
●ボリューム回路も新しくなったと聞きました。これはどんな点が変わったのでしょうか。
高橋:AVアンプは集積度が年々上がってボリュームやセレクターなどの回路がワンチップに集約される方向に進化してきました。
しかし、よりいい音を目指すために基本に立ち戻り、よりオーディオライクな設計とすべく、ボリューム回路はその機能に特化した専用のものを用意して、また基板上の信号経路を最適化することにより、音質を優先した回路設計を行いたいと考えました。
そこでJRCさん(半導体メーカー)にお願いして、ボリューム専用の回路をカスタムデバイスとして作ってもらいました。この開発には 2年ほどかかりました。
ほかにも入力セレクター、出力セレクターなどにもそれぞれの機能に特化した専用のデバイスを使うことで、シンプルかつストレートな信号経路を実現しました。
●今までデノンブログでは、AVアンプの音に関することを聞いてきましたが、今度は映像回路の設計を手掛けた近藤さんに、映像について質問させてください。
AVアンプのフラッグシップモデルにおいて、映像回路で大切なことはどんな点でしょうか。
近藤:映像に関してAVアンプに要求されるのは、プレーヤーから送られてきた信号をプロジェクターやモニターに送り出す「リピーター機能」です。
アンプに映像信号が来たら、プロジェクターやモニターに確実に送り出す。そこが一番重要なところです。
↑AVC-X8500Hの映像回路の設計を担当した近藤計喜
●今はたくさんの映像フォーマットがあって大変ですね。
近藤:はい。AVアンプは世の中にあるフォーマットの映像をしっかり通す必要があります。
HDMI信号には音声信号も畳み込まれていますから、そこから音声信号を抜きだすだけでも結構大変です。
フラッグシップモデルであるAVC-X8500Hとなれば、今あるあらゆる映像フォーマットに応える必要があります。
●映像回路の設計で一番苦労するのはどんな点ですか。
高橋:AVアンプは音が出て当たり前、映像が出て当たり前ですし、さらにノイズはなくて当たり前、なんですが、実際には設計はノイズとの戦いでもあります。
そのあたりが埋もれてしまいがちなので、今回はあえて映像担当の近藤に来てもらいました。
●映像回路でもノイズの問題は起きるのですか。
近藤:はい、特にHDMI2.0を採用した時のビデオ回路の開発の時には、ノイズに悩まされました。基板設計で苦労しました。
●どんなノイズが出るのでしょうか。
近藤:AVアンプに映像を通すわけですが、映像にノイズがのったり、あるいはメニュー画面にノイズがのったりします。
アンプにセットアップメニューがありますよね。アンプアサインの設定など。あそこにノイズがのってしまう問題が生じました。
映像を通しているICとメニュー画面を出すICは別で、メニュー画面は普通の映像よりもノイズがのりやすいんです。
●ノイズが出た場合にはどう対処するのですか。
近藤:何かが干渉しているわけですから、回路のパターンを変えます。たとえばパターンが90度で曲がっているところの曲げ方を変えたり、抵抗の位置や隣接するパターンとの距離を変えたりなど。
今はコンピュータシミュレーションもできるので、いろんな方法を試してノイズをなくしていきます。
●4K zUltra HDやHDR、Dolby Visionなどのデジタル映像についての規格は、ものすごいスピードで進化していくわけですが、その最新のものに対応していくのは大変ですよね。
高橋:ビデオ回路の設計者は水面下ではこういう戦いをしながら、絶えず新しいフォーマットに対応しているのです。
今回のフラッグシップモデルでも、このようなきめ細やかな設計により新規格にはフルで対応していますので、ぜひAVアンプの映像回路の開発についてもみなさんにお伝えしたいと思いました。
●AVC-X8500Hについていろいろうかがってきましたが、デノンがAVアンプ作りで積み上げてきたものを10年ぶりに集大成しているアンプだと思いました。
高橋:ありがとうございます。伝統的に引き継いだものがありますし、革新したものがあります。
●革新したものは、たとえばどんなものでしょうか。
高橋:まずデジタル電源などは10年前よりも高効率化、低ノイズ化が飛躍的に進んでいますので、小型化、高性能化が進んでいると言えます。
さらにオーディオ回路の設計手法も当時の設計と今の設計とは少し異なってきていると思っています。
●どんな点ですか。
高橋:以前は信号系の回路の間にバッファーを使ってノイズ対策をしていました。
今は高品位な音声フォーマットの良さを活かすべく、なるべくストレートにして、回路に余分なものは何も入れないようにしています。
これにより高品位なコンテンツが持つ魅力が、より色づけなくスピーカーまで伝えることが可能となります。
さらに大信号出力時の急激な信号レベルの変化にも忠実に対応できるように電流リミッターも入れないように設計しています。
保護回路として、全13チャンネルの全部に独立して温度モニターを入れることで安全性は担保しています。
●サウンドマネージャーが変わってから初のフラッグシップモデルということで音も新しい方向になっているのでしょうか。
高橋:はい。バッファーをできるだけ排除した設計にすることで、サウンドマネージャーである山内が提唱するスペーシャス、ビビッドという新しいコンセプトはしっかりと反映されています。
また、昨今はグローバルな意見を採り入れて、ヨーロッパを中心にエンドユーザーからさまざまな意見を聞きながらサウンドチューニングしています。
しかし、従来のデノンファンの方の期待にも応えられるように核となる部分はしっかりと残して音作りをしています。
その結果AVC-8500Hで実現したサウンドは、現在のデノンのフラグシップの名に相応しいものであると自負しています。
特にこのダイナミックなサウンドはフラッグシップモデルならではの物量なくしては得られないものでしょう。
●先ほどAVC-X8500Hを製造しているところを見学しましたが、セパレートのアンプ基板を13枚、非常に精緻に入れ込んでいて、すごい製造技術だと思いました。
AVC-X8500Hには設計、CAD設計、基板実装、そして組み立て製造までを一貫して行う白河オーディオワークスの良さも出ていると思います。
高橋:その通りです。実際、13chアンプを実装するなんて、無理難題ですが、生産技術がそれを受けてくれて工程を検討し治具(加工や組み立ての際に用いる器具)を作り、それを高い精度で生産現場が作り上げています。
ある意味で、優れた生産技術があるからこそ製造できるAVアンプだと言えるでしょう。
またAVR-X8500Hは外観も全て新規ですが、ブレもなく作り込みもいい加減なところがひとつもありません。
白河の生産現場を見ていても「一番品位の高い製品を作ろう」という意気込みが感じられます。
↑AVC-X8500Hのアンプ部分の組み込み工程
●試聴会や店頭でAVC-X8500Hの音を聴く方が多いと思います。設計者としてはどのあたりに注目して聞いてほしいと思いますか。
高橋:13チャンネル同一クオリティの質のいいアンプを内蔵していますので、それを鳴らした時の音を聞いた時の感動を味わっていただきたい。
お店などの環境でも聴くことができると思いますが、やはり鮮度のいいソフトで試聴していただきたいと思います。
●AVC-X8500Hを試聴するにあたりお勧めのソフトはありますか。
高橋:まずブレード・ランナーの4K UHDリマスターをお勧めします。このソフトの音声フォーマットはDolby Atmosです。
『ブレードランナー ファイナルカット』
4K UHD(Dolby Atmos)
高橋:それからビートルズの50周年の「サージェントペッパーズロンリーハーツクラブバンド」5.1マルチサラウンドも面白いです。
こちらはDolby True HDとDTS-MAHDが入っているのでフォーマットの違いを聴き比べることができます。
『ビートルズ サージェントペッパーズロンリーハーツクラブバンド』
(Super Deluxe Edition) (4CD+DVD+BD) Dolby True HD/DTS MAHD
高橋:クラシック音楽のソフトでイマーシブサウンドに対応したものはまだ少ないですが、ひとついいものがありましたのでご紹介します。
イスラエルフィルで、ズービン・メータが指揮、リストのピアノコンチェルトです。
ピアニストはカティア・ブニアティシヴィリの作品です。こちらのソフトも音声フォーマットはドルビーアトモスです。
『Liszt & Beethoven: Piano Concertos』(Dolby Atmos)
最後にAVC-X8500Hの音質評価でよく使った「LA LA LAND」も推薦しておきます。ストーリーもなかなか切ない、いい作品ですが、音楽満載でドルビーアトモスによる音響も映画の演出として非常に良くできていました。
すでに映画館でご覧になった方も、ホームシアターでじっくりと観ていただくと、また新たな感動が味わえると思います。
『LA LA LAND』 (Dolby Atmos)
(編集部I)